我聶丸

2/9
前へ
/120ページ
次へ
夕方になって降りだした雪が、夕食の後には吹雪になった。 (夕夏・・) 彼の声が聞こえた気がして窓の側に寄った。 カーテンを開けて暗い外を見る。 (明日のになったら外を見て御覧・・) 「貴方なの?」 (ああ、でも今は声だけだ・・ 俺は今もあの場所にいる。 もう・・だ・・ない・・) 「我聶!」 それきり声は途切れた。 我聶丸(がじょうまる) それが私の恋人の名前・・ 一年のうちたった五日間しか逢えない・・ でもその五日間は他の人には想像もできない位幸せで、そして不安で危険な五日間だった。 なぜなら彼は人ではなかったからだ・・ 私が彼に初めて会ったのは高校二年生の修学旅行に向かう途中だった。 その日はバスで京都から福井県に向かう事になっていた。 夏休みも終わり、二学期に入ったばかりの9月・・ そう言えばあの日は十五夜だった。 途中鞍馬寺を見学しお昼を食べた後、バスは再び福井を目指し出発した。 私は乗り物酔いがするたちでお弁当は少ししか食べられずに酔い止めの薬だけを飲んだ。 それでも吐きそうになって友達に迷惑を掛けないようにバスの一番前に席を替えて貰った。 「夕夏、大丈夫?」 仲の良い友達が代る々私の顔を覗きに来てくれた。 「おい、バスが動くぞ、席に座ってシートベルトを締めろよ」 担任の那珂川先生の一言で皆が席に着いた。 花背の杉並木の道をバスが進む。 暫くすると何処かで大声が聞こえた。 「何?」 「何だ?」 「オオーイ! 停まれ! 木が倒れるぞ!」 バキバキと大きな音がした瞬間、大木が私達の乗ったバスを直撃した。 バスの前方に太い幹が激突し窓硝子が割れる。 バスの中では悲鳴が渦をまいた。 バスは大木に押されるように崖下に墜ちた。
/120ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加