かすみとおぼろ

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宵(よい)、という言葉を聞かなくなったのは、いつの頃からだったろう。 桜は『散る』ものだが、他の花は、はて、同じだっただろうか。 近頃では、『おはぎ』は通年『おはぎ』の名で売られている始末だ。 ふたりが言ったように。 この世のものそれぞれを、微妙な違いにより細かく分類する事は、この平成の世においてはもう。 ひとの暮らしの中から消えてしまった感覚なのかも知れない。 「何言ってんだ」 誰に話しかけるでもなく、青年は呟いた。 「かすみは、『春の昼、薄雲がかかった優しい様子』。 おぼろは、『春の夜の、ぼんやりとして艶(なまめ)かしい様子』。 まったく違うものだろが」 しっとりとした夜気(やき)の中、見上げた桜がぼんやりと艶かしく光っていた。 了
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