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「………っ!」
振り向くと、まさに浪江くんその人が立っていた。
手には大きい傘を持っている。
大人用に見える、黒いこうもり傘。
それはもちろん私のものではない。
つまり、犯人は彼ではないようだ。
(…疑ってごめんなさい、浪江くん…)
こっそり心で謝罪する私の元へ、浪江くんが近づいてくる。
「……傘、ないのか?」
「え?」
「傘忘れたのかって聞いてんだよ」
…忘れたわけじゃないけど。
「…だったら何よ?」
彼の高圧的な物言いが気に入らず、ついつっけんどんに返してしまう。
浪江くんはそんな私にピクリと目尻をひきつらせたが、次の瞬間自分の傘をつき出してきた。
―――大きいこうもり傘が目の前に。
「……え?」
「使え」
「……………………
………なんで?」
「…っ、い、いいから! 使えっつってんだよ!」
「え、いらない。私が使ったら浪江くんどうやって帰るの。濡れちゃうでしょ」
「いいっつってんだろ! 使えよ、バカ!」
「は? いらないって言ってんでしょ?」
よくよく考えれば浪江くんは厚意で言ってくれているのに、言い方がいちいち癪にさわり、こっちも喧嘩腰になってしまう。
降りしきる雨音をBGMに、ひどく不毛な言い争いをしてしまっていた。
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