こうもり傘

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「……遠矢。なにしてるの?」 「「……!」」 醜い言い争いに重なる、落ち着いた声。 昇降口の向こうで、ライトグリーンの傘をさした男の子が、浪江くんを呼んでいた。 女の私より細いんじゃないかというくらい、華奢な子。 あの子、知ってる…。 同じクラスになったことも、直接話したこともないけど同級生だ。 ただし、身体が弱いらしくて、あまり学校で姿を見ない。 今だって貧血なんじゃないかというくらい顔が青白かった。 「……遠矢ー? 帰らないの?」 「…っ、帰る…! ら、頼斗(らいと)、お前の傘に入れろ!」 浪江くんは、気をとられていた私に無理矢理こうもり傘を握らせると、雨の中駆け出していった。 そのままライトグリーンの傘に滑り込む。 「え、なに? どうしたの、遠矢。顔赤いよ?」 「いいから、行くぞ」 「わ、本当なに? 走らないで…っ」 慌ただしく見えなくなっていくライトグリーン。 ぽつんと取り残された私は、手元のこうもり傘を見ていた。 ずしん、と重い。 いくら浪江くんが大きいとは言え、小学生が持つような傘じゃない。 「…………」 私は重い傘を開いて、雨の中を踏み出した。 パラパラと傘を雨が打つ音が響く。 重いけれど大きい傘は、私をしっかりと雨から守ってくれていた。 浪江くんは濡れなかっただろうか。 この雨の中、1つの傘に2人で……。 「…ありがとう、って言ってなかった…」 どんより薄暗い空を見ながら…… 私はその空のように重いため息をついた。
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