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〇〇〇
「あっ!」
右手の甲に止まっていた蚊を発見した霧咲紅璃(きりさき あかり)は、左手の平で勢いよく叩いた。風を切る音と共に乾いた鈍い音が鳴る。蚊は今まで溜めていたやや黒く濁った赤い血液を撒き散らし、手の甲の上で潰れた。
隣でその様子を見ていた友達の山野真紀(やまの まき)は、小さなボストンバックを膝の上に持ってくると、中からポケットティッシュを取り出し、ちり紙を引き抜くと紅璃に差し出した。
「紅璃、これ使って」
真紀の柔らかい声に乗り、その親切さが紅璃に伝わる。真紀のショートボブの黒髪と手先のちり紙が、ちょっとした風になびいた。
「あ! ありがとう!」
紅璃は真紀から受け取ると、その紙で潰れた蚊の死骸を、凝固の始まった血液と共に拭った。蚊から出た黒い跡と固まった血液のカスがそこに残るので、ちり紙を折り曲げながら何度もこする。
真紀が残りのポケットティッシュをバックに戻しながら話しかける。
「こんな季節にも蚊っているんだね」
紅璃は跡が残ってないか確認しながら返事を返す。
「ほんとにね。もう十一月なのに」
「蚊って普通、春とか夏とかじゃない? なんでいるんだろう?」
真紀が頬に手を当て、不思議そうに首を傾げた。紅璃が少し考えてから答える。
「最近十一月なのに昼間は少し暖かかったじゃん。そのせいじゃない?」
「なるほど」
嬉しそうに真紀はポンッと手を打った。
それを見て紅璃は微笑むと、もたれていたブロック積み花壇の囲いから腰を離す。
「ってか、さっむ!」
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