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「レンタル満開桜……インターネットで見つけた時は驚きましたが、本当に桜が来るとは思いませんでした。今日は有難う御座います。あなたを呼んで良かった。光一のあんな笑顔は、久しぶりに見ましたよ」
桜の木は、首を振る様に左右へと体を揺らした。
「これから話す事は、独り言だと思って下さい。私の妻……葉子と言うのですが、一年前に亡くなりました」
『……』
「……交通事故でした。ぶつけた相手側の完全な不注意です。相手は考え事をしていた、気付かなかった……と言っていました」
『……』
「怨みましたよ。そいつに復讐してやると、何度も思いました。でもね、私には出来なかった。息子が……光一がいたから。それに亡くなった妻は……葉子はそんな事を望みません。底抜けに優しい葉子は、きっと加害者の気持ちを感じ取って、許してしまうでしょう」
『……』
「でも、私は許せなかった。加害者本人と会った時は、胸が張り裂けそうでした。まだ若い女性は、泣きながら謝罪してきます。そして、私は感情のままに叫んでいました」
『……』
「死んで償え……二度とその面を見せるな……」
『……』
「それから数日後に、ダムの上で彼女の遺書と靴が見つかりました」
『……』
「ショックでした。あの時の言葉は、本心から出たものでしょう。私には葉子と光一しか見えてなかったから……でもそれは、一時的な感情に流された言葉。冷静になった時、恐ろしさの余り震えが止まりませんでした。私は……その加害者よりも酷い事故を起こしてしまったのだと……」
『……』
「彼女は十分に償ってくれました。もう一度会えるなら、私はこう言います。お互いに、やり直しましょう。残された家族を悲しませない様に、手を取り合って行きましょう」
『……』
大きな水滴を幾つも落とし、桜の木は深くお辞儀をした。
そして、だんだんと薄くなり、景色と同化して行く……
『……また……会いましょう』
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