梅見の里

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この忙しいのに、昔馴染みの編集者からどうしても君にと取材の依頼が舞い込んだ。 それも電車も滅多に走らない田舎の取材だった。 梅田の駅ビルにあたらしく出来たレストラン街の店で待ち合わせた。 「そんな田舎にいったい何が有るんだ?」 僕がそう聞くと、編集者は笑いながら僕を見る。 「何もないかも知れないし、 何かが有るのかも知れない・・ 行って其を確かめて欲しいんだ・・ これは君にしかできない取材なんだ」 意味ありげにそう言う。 「僕は今、アメリカの新しい大統領のインタビューや、イギリスのユーロ離脱の記事で手一杯なんだ・・ 悪いがそんな雲を掴むような話には乗れないよ・・」 そう言うと一枚の写真を僕の前に置いた。 「何だよ、これ・・」 その写真は少しセビア色に変色しピントもずれている。 「この写真は俺のじいさんが写した物だ・・ 昭和の、確か戦争の後だと聞いた」 僕は仕方なくその写真を見た。 何かの花が咲いた古木に、女の人らしき影が写っている。 「それで? これがどうだと言うんだ?」 「よく見てみろよ・・」 編集者はそう言うと、女が写った場所を指差す。 (面倒な・・) そう思いながらもう一度写真を見た。 「あれ? 女が・・いない・・」 「やっぱりな・・」 「どう言う事だ? 何かのトリックか? それとも・・」 編集者は写真をポケットに仕舞う。 「お前でも駄目のようだ・・ もしかしたらと思ったが」 そう言うと、忙しいのに悪かったと店を出ていった。 「何だよ・・ こんな所まで呼び出しておいて・・」 だがあの写真は何なんだ? トリックじゃないなら、幽霊でも写した物だとか・・ そう思いながら運ばれてきたビールを飲み干した。 (まあ、向こうから断るんだ。 気まずい思いはしなくて良かった、どのみち断る気ではいたのだ) そう思った。 翌日から10日間、僕は何人かのクルーとチームを組んでアメリカとイギリスに取材旅行に出かけた。 アメリカの新しい大統領にはインタビューが出来た。 しかしイギリスのユーロ離脱に関するイギリス政府の取材は難航した。 現地のコーディネーターが急に病気で入院したからだった。 「仕方ない、一般の市民のインタビューとユーロ離脱に反対する団体の取材で記事を纏めよう。 コーディネーターが退院したら改めてインタビューをさせてもらうしかない」 そう言って日本に戻った。
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