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ひとしきり泣いた後、居ても立ってもいれず、少し皺になった便箋を握り締め家を出た。
─── 別に幽霊やオカルトめいた迷信を信じる訳ではないが、彼が………誰よりも優しい彼が、私を傷付けるだけの質の悪い嘘を付くはずがない。
そんな想いが、一歩、また、一歩。と歩を進め、
前へ、前へと気持ちを突き動かす。
やがて辿り着いた先に見えるのは、大きく、花はおろか、蕾もまばらに、
── 一本、たった一本だけ寂しく佇む桜の木だ。
当然と言えば当然だ。
春を迎え始めたとは言えまだ冬の名残があるのだから。
……… 私は何を期待していたのだろう?
彼はもう居ない。頭では解っている。
ただ─── 心が否定しているだけだ。
少し落胆したが、何処か安心している自分がいる。
肩が上下に激しく揺れ、浅い呼吸を繰り返す。
瞳を閉じ、両の掌と額を木の幹に押し当てる。
「──── うそつき」
涙と共にポツリと呟いた声は静寂と風に拐われ大気に溶け込んで行った。
………此処に居ても辛くなるだけだ。
そう思って踵を返し、二、三歩歩いた時、風が吹き、枝しかないはずなのに『さわさわさわ』と葉が擦れ合う音と風に乗って、居る筈のない『彼の香り』がした。
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