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「月が綺麗だね。」
「陳腐だわ。」
男は女の頬を撫でながらありきたりな台詞を投げかける。
「夏目漱石の言葉だよ。」
女は男のほうを見ようともせず、ただ月を満月を見ていた。
まるで、男のことを見たくないというように。
「知っているわ。でもその言葉は使い過ぎたぼろ雑巾ね。」
「そうか。」
「えぇ。」
会話が途切れる。
しかし、男はそんな沈黙すら楽しそうに微笑みを浮かべる。
「貴方は嘘つきね。 そんな愛を囁いて私を落としたとしても、貴方を手にいれることはできないのに。」
男の乾いた笑い声が微かに聞こえる。
「そんな君さえ愛おしい。」
「そう。」
愛を囁く男とその愛を信じない女。
男の腹部には赤い沁みが、女の手には赤に濡れたナイフが握られていた。
「貴方は狡いわ。私を受け入れてはくれないくせに。」
「そうだね。」
男の顔は蒼白になり始める。
「君の顔が見たい。」
女は涙に濡れた顔を男の方に向ける。
「君は美しい。」
「私は汚い。」
月が雲にかくれ、静寂が訪れる。
男は優しく女の手をとり、手の甲に口づける。
「僕は生まれ変わっても君を探そう。」
「無理だわ。」
「どうだろう。」
男も女も静に笑いあった。
どれくらい時間がたったのだろう。
男の呼吸が浅くなってきた。
「少しだけ我が儘を聞いてくれるかな。」
「なにかしら。」
月が雲から顔をだす。
窶れた女の顔と男の顔が照らしだされる。
「僕の息が止まるまで手を繋いでてほしい。」
「わかったわ。」
女は手を握った。
すると、男は女の手を引き、女の唇に触れた。
「ありがとう。」
もう男の呼吸も聞こえなくなった。
聞こえるのは風の音、ただ一つ。
そして女の流した涙の落ちる音。
「貴方は酷い人ね。」
白いゼラニウム
花言葉
「私はあなたの愛を信じない。」
白いゼラニウム end
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