さいきん死ねなくてねぇ

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さいきん死ねなくてねぇ

「さいきん死ねなくてねぇ。」 奇妙なことをいう。 「おちても死なないんだ。」 わけのわからないことをいう。 「どうなっちまったんだろう。」 どうなってしまったのか、こちらがききたいところである。 「いやねぇ、ゆめでさぁ。」 ゆめ? 「ああ、夢さ。」 なんだ、夢か。 「夢みるでしょ、たいがいおんなじような夢をみる。で、さ、どこかたかい崖みたいなところからおっこちるんだ。」 おちるっていったのはそのことか。 「そう。で、おちるじゃないですか。ふつう、おっこちるまえに目がさめるってきくじゃない。」 そうはきいたことがないのだけれど。 「オレさ、さいごまでおちきるっていうか。顔がぐにゃってなるまで記憶がつづくんですよ。」 たしかにそういうはなしはきいたことがない。 「痛くはないんだよ。でも痛がってるわけで。その絵がみえるわけ。そこでおわるんだなぁ。」 はて? 「生と死のさかいっていうじゃない。ないね。オレはそうおもうけれど。」 じゃぁ、なにがあるのだろう。 「ギリギリってのがあって、そのギリギリがいわば日常なのだとおもう。」 わたしだけかもしれないが、えてしてひとは、わけがわからなくなると、とつぜん、哲学および哲学的という文字をおもいうかべる。 わたしだけなのかもしれないけれど。 哲学的だ。 そう、わたしがさかいくんにかえしたことばはまさに、 哲学的、であった。
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