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身支度を整え、僕たちは肩を並べて近所の河原まで足をのばした。
春特有の柔らかい空気が僕らを包み、そして流れていく。
けれど璃桜はすれ違う人々から頑なに目を逸らし、顔をあげようとしない。
「璃桜さん、大丈夫? 本当に無理は……」
後ろから賑やかな子供たちの声がして、僕たちを追い越していく。その後ろ姿に璃桜は足を止め、ギュッと目を閉じた。
「……よし、じゃあそのまま目を瞑ってて。見せたいのは人じゃない、桜なんだ」
僕は思い切って彼女の手を掴み、ゆっくりと歩きだした。
戸惑う気配はあるものの、璃桜は素直に目を閉じたまま僕に手を引かれて歩をすすめる。
川沿いの土手を下り、ほどなくして目的の場所についた僕は足を止めた。
「璃桜さん、目を開けていいよ。ここは僕たちしか居ないから大丈夫」
璃桜の瞼がゆっくりと開き、その瞳が見る間に歓喜の色で輝いた。
そこには悠然と佇む一本桜。
薄紅色をした満開の花をつけた枝が、僕たちを包むようにその腕を伸ばしている。
「この樹だけ桜並木から外れてるせいか、いつも人がいないんだ。でも見事な樹だろう? もう花も満開だから散るだけ。その前に君に見せたかった」
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