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たどたどしく仕上げた作品は、とても完成とは言えない出来だったけれども、坂崎とお姉さんは、褒めてくれた・・・なんか、ムチャクチャ恥ずかしかったけれど、でも、嬉しかったんだ。
人との触れ合いに、飢えていたのかも知れない。
「廉、その糸いい色だな…何作るの?紫陽花?」
坂崎手芸店の二階の奥、すっかり馴染んだスペースで、たもっちゃんが声をかけてきた。
手には、下から持ってきた丸い盆。緑茶の強い香りがする。
「ほら、季節の和菓子、ばあちゃんが買ってきてくれた。せっかくだから、姉さんが抹茶煎れてくれたんだけど、飲める?」
ああ、いい香りの緑茶だと思ったら、抹茶か…。
そういう情緒の欠如を自覚して、おれは自分の耳が赤くなるのを感じた。
たもっちゃんと同じ制服を着てショーウィンドウを見ていたおれを、お姉さんは弟を訪ねてきた友人だと早とちりした。
それから、姉さんがケーキ焼くから楠木くんも連れて来いって、綺麗な糸が入荷したから、見に来ないかって、と学校で声をかけられるようになった。
坂崎は、一匹狼の楠木の貴重な友人で、普段は無口な楠木が、坂崎には笑顔を見せ る、と認識された。
楠木くんは、笑うと防護壁が降りてちょっとイイ、と女子の評価が聞こえた時には、適当なのを見繕って理子の代わりに…って思ったケド、まあ、いいかって止めた。
女子と一から駆け引きするよりは、坂崎ん家で糸いじっている方がいいやって思ったから。
そう、おれは、手芸男子になっていた。
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