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「廉も上手くなったよな」
たもっちゃんが、抹茶茶碗をおれの作業している長テーブルに置きながら言った。
おれの手元には、クロススティッチ用の布と、紫を基調とした刺繍糸。
少しづつずらして刺せば、淡いグラディーションを現せる…はずなんだけど、なんか、上手くいかない。
おれは手を止めて、「いただきます」と言って抹茶茶碗に手を伸ばした。
「菓子先に食った方がいいぞ、苦いから」
「あっ、そうなんだ…」
小皿にちんまり置かれているのは、菖蒲を模した上菓子。丁寧に、楊子の上等なやつ、なんだっけ、この前教えてもらった…そうだ、くろもじまで添えてある。
くろもじで菖蒲を切り分けて口に入れる。
うわっ、甘い!
抹茶を飲むと、口の中の甘さと混ざり、苦味が旨味に代わる。
絶妙な組合せ。
五月の菓子なんて、柏餅しか知らない俺には、たもっちゃん家みたいに季節の和菓子をいただくなんて、別世界だった。
おれの紫陽花が、上手くいかないのも、そういう、情緒の欠落な気がする。
あんまり、自分の育ちを卑下したことはないケド、やっぱり、大人数でわあわあ育ってきたおれは、細かな気配りとか、繊細な表現とかが苦手な気がする。
抹茶をぐいっと飲んで途中の紫陽花のクロススティッチを見る。
ほら、施設の玄関の掲示板に貼られている、テキトーに折った折り紙みたいに薄っぺらだ。
口の中が苦い。
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