自分が刺繍針を持つなんて、考えたこともなかった

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 目の粗い布に、緑の糸を刺していく。  刺繍糸は、二本どりにした。  幹の部分は三本にした方が厚みがあるけれど、葉の細かいグラディーションを表すには、二本どりにして、糸をこまめに変えた方が良い。  坂崎手芸店の二階は今日も静かで、少し湿気を帯びた空気に、すっかり馴染んだ布と糸の匂いがする。  長テーブルに広げた、グラディーションをなす糸の山。  緑の糸も、淡萌黄(うすもえぎ)、濃萌の黄(こきもえぎ)、青、木賊(とくさ)・・・。  ああ、目を惹き付けられる。  大好きだ、この光景。  ふっとコーヒーの香りがした。  階段を登って来るのは、保と透子さん・・・。  顔を覗かせる二人に、少し笑って見せた。  さあ、手芸部活動の時間だ。
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