一人では生きていけないって、わかっていた

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 夏の夕暮れ時だったそうだ。  神社の境内の大きな楠木の下で、おれは泣いていたらしい。  まだへその緒も乾いていない、産まれたての赤ん坊の泣き声は、まるで猫のようにか細く、命への未練も感じられなかったらしい。  フニァ、フニ 、とささやく様は、泣いているというよりささやいている様で、また猫が捨てられていると思った神主は、ダンボールに赤ん坊が入っているのを見て、息を飲んだらしい。 「だから、楠木なんでしょう?」  理子がおれのTシャツの襟元をなおしながら言った。  そのまま、おれを見上げると、優しく唇を合わせる。 「私の事、忘れないでね」 「…就職おめでとう。よかったね、憧れていた山手線内暮らしだ」  さりげなく離れながら、おれは視線を合わせないように気をつける。 「廉もね、高校入学おめでとう。早くカノジョつくりなさいよ」  少し、拍子抜けした。  泣かれるかなって思っていたから。 「あなたは、淋しがりだからね」  優しく笑うと、振り返らずに理子はおれたちの秘密の隠れ家、二階の倉庫から出て行った。    
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