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私と智は、少し肌寒い春の夜の、満開のソメイヨシノの下で出会った。
……そんな言い方をすれば、ドラマチックに聞こえるけれど、風流な夜桜の下にフォーカスを当てていけば、大きなブルーシートが敷き詰められていて、乱雑した乾物やスナック菓子がもわっとした匂いを漂わせ、それをつまみに酔っ払った若い男女が、アルコールを片手にゲラゲラ笑っている。
つまり、初めて参加したサークルの花見で、萎縮した私の隣で同じように片身の狭そうにしていた男の子が智だった。
私たちはくしゃくしゃのシートの片隅に座り、帰るタイミングを図りながら、結局言い出せずにもじもじしていたのだ。
しばらくして、先輩の一人がシート上でステンと転び、傍にあった使い捨てコップのビールが倒れた。流れ出たビールは運悪く智の靴下を濡らす。
私は慌ててハンカチを差し出し「ありがとう」と受け取った智は、赤ら顔の先輩に「このままだと気持ち悪いので、帰りますね」と言って、ちらりと私に目配せしてみせた。
「あ、私も用事があるので失礼します」
私たちは、ようやく逃げ出せた安堵感で、どちらともなく笑いながら駅までの道のりを歩いた。途中、葉桜になった枝垂れ桜を見かけ「枝垂れ桜はソメイヨシノより、開花時期が一週間くらい早いんだ」と智が教えてくれた。
「ハンカチ洗って返したいから、アドレス教えてください」
ふと沈黙が訪れて、思い出したように智が携帯を取り出した。
「そうだね」と頷く私を見て「はあ、寿命が縮んだ」と、智は嬉しそうにジャンプをし、夜露に濡れた桜の花びらに足を滑らせ、派手に転倒したのだった。
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