第1章

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 智は、おっちょこちょいだった。  大学の講義を一度聞いただけ、参考書を少し読んだだけで、内容を理解してしまうほど頭が良いくせに、試験の日程や場所を間違えて、毎回追試を受けていた。  高校球児だった智は、運動神経もいい。にもかかわらず、どうしてそんなところで? と、目を疑うような小さな段差につまずいて、一人で耳を赤くしたりする。  智の高校時代からの友人の証言では、そもそも智は超難関大学に入学する予定だったのに、願書提出でミスを犯し、なんやかやでこの大学に入学することになった、らしい。  一体、どれほどのなんやかやがあると、そうなってしまうのか。けれど、智を見ていると、妙に頷けた。  ちょっと抜けてるところが可愛い、と、智は先輩後輩、男女問わず人気があった。  口下手でシャイな智の周りには、いつの間にか人だかりができていて、皆が楽しそうに笑っていた。智には人を惹きつける不思議な魅力があったのだと思う。  そんな存在感のある智と、成り行きで付き合い始めた地味な私は、結構羨ましがられたりもした。  だからといって、そこから泥沼の愛憎劇が繰り広げられたかといえば、そんなこともなく、わりと穏やかに月日は過ぎ去り、上京して社会人となった私たちは、当然の如く同棲を始めた。  大手企業に就職した智は、持ち前の賢さと人間力で、仕事も人間関係もそつなくこなしているようだった。一方の私はといえば、就職先の小さな会社が入社一年足らずで倒産。無職はまずいと登録した派遣で、短期の事務の仕事を紹介してもらい、以後3ヶ月ごとに職場を転々としていた。  所得の格差から、智は家賃と光熱費、私は食費と家事という役割分担ができた。  それでも智は、手が空いていれば自ら掃除や洗濯をし、休日には手の込んだ料理も振舞ってくれた。  私にはもったいないくらい出来すぎた人だった。  智は、何故私なんかを選んだのだろう。
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