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prolog 幕が、あがる
客席からは、言葉そのものは理解する事は出来ないがたくさんの声が聞こえてくる。
わたしは目を閉じて深く深く呼吸をした。
客席からそう遠くない、舞台裏の暗闇の中で、音楽の流れていないイヤホンを両耳に差し込み、強く強く目を閉じ、ただひたすらに呼吸を繰り返していた。
緊張している訳ではない、小劇場──百人入るか入らないかほどの客席の中、数十人、悪いときは数人の前でする芝居はもう八年近く続けてきた。
役者というには満たないかもしれないが、小劇場で稼ぎもなくくすぶっている役者の中では芸歴という点では長い方だろう。
加えてわたしの年齢はまだ二十三だ。
テレビに出ている様なアイドル女優としては行き過ぎた年齢かもしれないが、小劇場役者として言えばまだ若い方だろう。
それでもわたしは、十五で初舞台を踏み、この歳まで八年近く、この小さなステージに立ち続けてきた。
だからというのもおかしな話しだが、特別緊張はしない。
それでは何故、今のわたしはこんな暗い場所で、楽屋から聞こえてくる共演者の声と、客席から聞こえてくる観客の声に挟まれうずくまっているのか。
こわいのだ。
始まってしまえば、いつかは終わってしまう。
終わってしまえば次はいつ始まるのか分からない。
始まるまでの期間、わたしはわたしでしかいられなくなる。
その事がとてつもなくこわいのだ。
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