③ 司法取引

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日本での司法取引は自分の罪についての証言は対象外で、共犯者や首謀者など他人の罪の密通に限られる為、殺人罪での適用は難しいとされた。 しかし捜査の早期解決や捜査費用の削減、また不特定多数を狙った殺人など国民保護を目的として去年2019年に対象事件の範囲が増える特例措置の法律案が可決となり、事前申請をして国家公安委員会が許可した数件のみ司法取引が出来るものとした。その窓口係として設立された『司取特捜係』に近衞は配属されたのだった。 「この承認が得られるのは複数犯によるもので、物的証拠が少なく、共犯者等の証言が有力な証拠になる場合に限られる。早い話が司法取引制度は捜査が手詰まりになった時の最終手段だ」 「ふぅ~ん、そんな重要なポストに配属されるなんてお前は期待されたエリートってわけか」 夢路の発言に近衞の表情が曇り、「俺はただのお飾りだ」と伏し目がちに言ったので、夢路は何かまずことに触れてしまったのかと慌てて言葉を続けた。 「つまり行き詰った捜査しか回ってこないから藁にも縋る思いで何でもいいから情報が欲しい…てことか?」 「あぁ。今回の事件を俺は組織的な連続爆発事件だと思っているんだが、その証拠が得られない。お前がすれ違った犯人に繋がる証拠も目撃情報もないしな」 1階には何しろすごい人数だったし、監視カメラでも帽子を被っていた為犯人の人相は分からなかった。 「鑑定が本当かどうかを見極め、捜査に活用するかどうかはこっちが判断する。だからお前が“鑑定能力”で得た情報があるのなら何でもいいから教えてくれないか。お前だって無実だと証明したいだろ?」 近衞が夢路の能力を信じているかは半々といった感じのようなのに、なぜか“その能力”について確信しているようでもあった。 「頼む…」 そう言って近衞は頭を下げた。 プライド高そうなこの男にそこまでされれば、夢路も悪い気はしない。 「まぁそこまで言うなら協力してやるよ」 仕方ねぇなぁ~と夢路が言うと、近衞は頭をあげてソファーから腰を浮かして、机越しに初対面の時と同じように夢路の肩を掴んで来た。 「ありがとう夢路」 安心したように笑った近衞の顔に、なぜか夢路は胸の痛みを覚えた。 彼との過去を知りたくない。知ってはいけないとなぜかそう思ってしまった。
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