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「綾乃ちゃん、もう少し弾けてみようか」
「はーい♪ こんな感じ?」
「おお、いいね。可愛いよー! じゃあちょっと、胸をはだけて――……っと、おお危ねえ、怖いお兄さんが睨みを利かせていらっしゃるぞ、と」
『分かってんなら初めから舐めたこと抜かしてんじゃねえ』――のど許まで出かかった文句をすんでで呑みこむと、何食わぬ顔で平然と微笑む。
それはこれまで生きてきて習得した、僕なりの処世術(しょせいじゅつ)だ。
今日は翡翠ヶ丘の郊外にある、旧華族の別荘として使われていた、コロニアル様式の洋館で撮影が行われている。
もちろん撮影の主役は、美人モデルにして僕の恋人でもある、冬海 綾乃だ。
「理人ったら、そんな怖い顔なんてして、茂上さんがビビってるじゃん。ボクだけ見て笑っててよ♪」
「ああ、すまない。茂上さんも、申し訳ありません、どうぞつづけて下さい」
透かさず綾乃のフォローが入り、僕もそれに便乗して謝罪を口にする。
「さっすが綾乃ちゃんだ、彼氏の操縦がうまいねえ。さぞかしアッチの方も……って、いけねえ、まーた口すべらすとこだったぜ。じゃあもうひと踏ん張り、つぎはカウチに横たわって――」
過ぎたることだと分かっているのなら、もとから口にしなければ済む話だろうに。
被写体の感情を昂揚とさせ、最高の笑顔を引き出すための口上であっても、彼はひと口もふた口も不必要な言葉が多くて理解に苦しむ。
彼の名は『茂上 春日(もがみ かすが)』、綾乃を好んで撮影するフォトグラファーだ。
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