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いや、『誰』も何も、この老人はザライアだ。
創造神を祀る神殿の神殿長。
先代の王が即位した時からその任についており、王家の薬師も兼任している、長命の魔導師。
常に深くフードを被り、敬意を込めた柔らかな物腰で接してくれていた黒衣の神官は、それ以外の者では有り得ないではないか。
ザライアをまじまじと見つめ、『この者は誰か』という自問に自答を繰り返した。
が、もしも、その答えに対する認識自体が、根本から間違っていたとしたら?
その疑問が、唐突に胸中で湧き上がった時――
「――王太子、シュギルよ」
ザライアの声音が、突然変貌した。
それは、聞き慣れた、嗄れた老人の声ではなかった。
そして、驚きすぎて声も出ない私の目前で、黒衣のフードが不意に上げられていく。
「……っ!」
フードを取り去ったザライアを、初めて目にした。
そこには――
「おや、さすがの『黒き闘竜』も、声を失っておるのか?」
面白げに緩められた、琥珀色の瞳。
艶めいた揶揄の声を放ってきたのは、真白き肌を彩る紅い唇。
そこから、フードを跳ね上げた黒衣に流れ落ちている腰までのうねる黒髪に目を移し、信じられないと軽く首を振った。
そうして、相手が黒衣のマントを脱ぎ捨て、身体の稜線にぴたりと合う黒の長衣姿になるまでを黙したまま見届ける。
揶揄された通りだ。
私は、いま自分が目にしている“ もの ”が信じられず、声を失っているのだ。
今までザライアとして接してきた相手が見せた『正体』に。
「然もあらん。
我の、この姿。王家の者に見せるのは、三百年ぶりであろうからな」
目前には、肉感的な肢体を持つ美女の姿が現れていたのだから。
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