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聖水。
これが、虹色の水と言われる、あの……。
女神様の御業により、この場に出現した真白き小瓶。
それを凝視し、知らず、肩に力が入っていく。
この場でこれを見せてくださったということは、いま賜ることができるということ、だろうか。
とすれば、私は、今日この場で……。
「――だが、今、そなたに与えるわけにはいかぬ」
え?
今まさに、御下賜の可否についてお尋ねしようと口を開きかけたところに、否定の言葉が発せられた。
「ここに取り出してみせたのは、そなたの反応を見るためだ。
だが、その必要はなかったようだな。
一瞬でも恐怖を見て取れば、即座に記憶を奪い、この話は無きものとなっていたが」
婉然と微笑まれた女神様が、聖水の瓶を持っていた手を不意に広げられた。
直後、床に落下すると思われた小瓶は、その途中で跡形もなく消滅する。
それを驚愕しながら見届けた私の視界の中に、黒衣が翻る。
女神様が、再びマントを身につけられたのだ。
「次の満月の前夜。日付が変わる時刻に、再び我のもとへ来るがよい」
フードを目深に引き下ろしたその御姿からは、聞き慣れた嗄れ声。
しかし、その正体を知った今は、その声に荘厳な重々しささえ感じてしまう。
「その時に、改めて手渡そう。
それまでに、為すべきことを為せ」
「……は。ありがたく存じます」
頭を垂れ、退室される足音をお見送りした。
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