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「――雨、か」
いつから降っていたのだろう。
窓枠が、しっとりと濡れている。
さぁっという風の音だけが運んでくる、糸のように細かな雨だ。
人知れず、煙が舞うように降るこれは、乾いた気候のこの地に季節が変わることを知らせてくる、静かな霧雨。
直に、色のない季節がやってくる。
「兄上? 先程から何を御覧になられているのです?」
「……ん? いや、何でもない。それよりカルス、運行表は出来上がったのか?」
「はい、出来てます。見てください」
「ん」
カルスからの問いをやんわりと濁して話題を変えてみれば、得意げな表情で粘土板が差し出された。
「うん、良く出来ている。星の運行を知り、天文学に通じることは、戦の作戦を練る上で重要な能力のひとつになる。苦手だと敬遠している数学と合わせて、これからも勉学に励むのだぞ」
「はい! 兄上、丁寧に教えてくださり、ありがとうございます。あの、これからも、ご教導よろしくお願いします。母上が選んだ教師よりも、兄上の教え方のほうがすごく分かりやすいです」
「……っ、何を言っている。ミネア様が招聘なさった学者のほうが、私などよりずっとお前のためになる授業をしてくださるに決まっているだろう。あまり甘えるな。お前は、そういうところが良くないのだぞ」
「は、はいっ……すみません!」
しまった。
ぎゅっと目を瞑り、勢いよく頭を下げてきたカルスの様子に、自分がきつい物言いをしすぎたことに気づいた。
私とカルスに『これから』がもう無いのだということを知っているのは私だけなのだから、カルスが当たり前のように兄に甘えてきても仕方ないことであるのに。
可哀想なことをしてしまった。
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