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――微風が、頬を撫でていく。
緩やかなそれが髪を揺らめかせるに任せつつ、手元の剣を午後の陽射しにかざしてみる。
かざした剣の向こうには、人々の崇敬を集める神殿――――ジッグラトの尖塔が天に向かってそびえ立ち、そのまた向こうには悠久の流れがたゆたう大河・ティグリス川と、広大な麦の農地が望める。
王国の繁栄を一望できるこの丘で過ごす時間を、自分は最も気に入っているのだ。
「――兄上。兄上、居られますか?」
「ここだ、カルス」
「兄上っ」
背後の木立の中から自らを探し求める弟の声が、風に乗って聞こえてきた。
それに、少し張り上げた声で居場所を伝えれば、途端に弾んだ足取りがこちらに向かってくる。
ほどなくして現れた姿は、満面の笑みを浮かべている。
「こちらに居られたのですね。
あ、剣の手入れですか。僕、ここで見ていてもいいですか?」
「あぁ、構わない」
許可を与えると、隣に座して嬉しそうに見上げてくる。
母の違うこの弟から向けられる親愛の表情に、自身の表情も緩んでいくのが分かる。
違う母を持つ、第一王子と第二王子。
王位継承を巡り、確執が起きてもおかしくない間柄であるのに、まるで実の兄のように慕ってくれるのだから可愛くないわけがない。
糸のように細い柔らかな茶色の髪に、笑って手を伸ばした。
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