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「髪に花びらがついているぞ。どこを通ってきたんだ?」
「あ、本当だ。どこでついたんだろう。兄上を探してあちこち走り回ったので覚えてないです」
髪についた白い花びらを摘まんで見せると、頭を勢いよく振り、肩までの髪を乱したカルスが頬に茶色い筋を数本張りつかせたまま、あどけなく笑う。
もう18になるというのに、こういう子どもっぽい仕草が似合うところも可愛く思ってしまう。
「ふっ。そんなに私を探したのか?
お前、まさか勉学の手を止めて来たのではないだろうな?」
「ちゃんと今日のぶんを終わらせてきましたよ。そうしないと、後で母上が怖いですから」
「そうだな。ミネア様は穏やかで優しい方だが、そういう面の線引きには厳しい御方だからな」
「厳しすぎますよ。先日など、数学の勉強中にほんの少し居眠りしただけなのに、家庭教師からそれを聞いた母上に危うくティグリス川に放り込まれるところだったんですよ。
兄上は戦場に居られたから、ご存知なかったでしょう? それを兵士に命じた時の母上の顔、とても恐ろしかったんですから」
「あはははっ! それは見たかったな。
ミネア様のことだから、終始にっこりと微笑んでおられたのだろう? もっと早くこちらに戻ってくれば良かった」
「笑い事じゃないですよ、兄上」と、眉を下げ、唇を尖らせたカルスの頭を撫でて、もう一度笑いかけた。
同時に、遠い記憶の中から聞こえてきた痛みをともなう声を、吹く風に乗せて脳裏から消し去る。
『――お前など、私は産みたくはなかったのです』
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