1 生贄の少女

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存在ごと否定された、抑揚のない細い声。 時折、自身の心に痛みを与えてくる記憶の中のそれが風の彼方に消えていったことで、カルスに向ける笑みが深まる。 「カルス? 勉学はお前の為でもあるのだから、そんな風に愚痴ばかり言っていてはいけないぞ? ミネア様も、そうして叱られた後は、いつも通りの優しい母上に戻られるのだから」 「それはそうですけど……」 まだ少し不服そうにしている様子に、「居眠りしてしまったというその数学の内容を後で見てやろう」と声をかけてみた。 「本当ですかっ? 数学は嫌いですけど、兄上が教えてくださるなら、僕頑張ります。 それで、今度は母上に褒めてもらうんです」 パァッと笑顔になり、尖らせていた唇が元に戻った。 実の母上だからこその甘えが、こういうところに垣間見える。 ミネア様は、我が父、ドラシュ王の正妃。 (さき)の正妃であった私の実母、アステイアの死後に、側妃(そくひ)から正妃に(のぼ)られた。 母の存命中から、病弱な母の代わりに、私をカルス同様、可愛がって育ててくださった方だ。 母に抱かれた記憶などない私だが、あまり寂しい思いをせずに済んだのは、愛情深いミネア様から与えられた慈しみのおかげだ。
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