壱ノ巻

29/36
620人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
後ろ手を縛られ、目隠しをされ、現状がわからないままに進んでいく。 ギイと立て付けの悪い扉が開いたような音がした後、私は前に突き飛ばされ、体をしたたかに打ち付けた。 「ここに入っておれ!」 私を引っ立てた人の声が響き、バタンという音と共に静寂が身を包んだ。 さて、なぜこのようなことになっているのかというと、コウ様の汗を拭ったり、額に置いたりするための手ぬぐいの交換に部屋を出たら、兵士のアヤカシ様に捕まり、そしてどこかに連れていかれた、という感じだ。 コウ様の問診は終わったものの、安静にしていてくれとしか言っておらず、お着物の着替えや手ぬぐいの交換などにはまだ至っていない。 心配だ、と呟くと。 「何が心配なのだ?」 少し尊大な言葉遣いの誰かが声を返してきた。 同室者なのだろうか、ましてやここはどこなのだろうか。 不思議に思いながらも返す。 「患者様のご看病がまだ終わっておらず、そのまま患者様を放置してきてしまいました。その方のことが心配なのです。」 「そうか。お前は何故ここで患者を助けたのだ?」 不思議なことをいう人だ。 「不思議なことをおっしゃいますね。私は薬師です。どこであろうと、患者様を助けるのは義務であり、責任であり、私の望むことです。」 父から受け継いだ薬師という職は、私にとって天職であった。 人を助ける、ということにただただ突き進むそのシンプルさは、私の性に合っていて。 その助ける道の最短距離を探すことは、私にとって楽しさを覚えることだった。 だから、私は薬師という仕事が好きで。 患者様の生き生きとした姿や、幸せそうな姿を見る度に、私はこの仕事をしていてよかったと思い、この仕事に誇りを持つことができているのだ。 「・・・そうか。」 その人は、ふ、と息を吐きだした後、一言も声をかけてくることはなかった。 私も、どこかわからない手首を封じられているので、動くことさえできなかった。 けれど、すぐに。 バタバタと音が響き。 「小鈴!どこだ!」 ここに来て聞き慣れ始めたレイ様の声が響いた。 「は、はい。私はここです。」 様々な疑問が頭を埋め尽くすが、それを振り払い、助けを待ったのだった。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!