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彼女の住む村ある藩の藩主は、内心頭を抱えていた。
目の前の上座に座るのは、見た目は麗しい美青年。
しかし、彼の肩からは黒々とした翼が生え、こちらを鋭い眼差しで見下ろしている。
都から遠く離れた外様大名であるこの藩に、アヤカシ様がいらっしゃったのだ。
藩主の背に冷や汗が伝う。
うかつに触れれば、骨まで切り刻まれてしまいそうな眼光に耐えていた藩主に、青年姿のアヤカシ様が声をかけた。
「聞いていないの?僕は、君のところに居るっていう、腕利きの薬師の所へ連れていけって言ったんだよ。まだなわけ?」
冷ややかに投げつけられる言葉に押し潰されながら、藩主は絞り出すように言葉を発した。
「しょ、少々お待ちくだされ…。その者をすぐに引っ捕らえて参ります故…。」
「違う。僕は、連れていけって言ったんだよ。一言も連れてこいとは言ってない。」
氷のような侮蔑の視線を投げ掛け、アヤカシ様は言葉を紡ぐ。
「幹部である僕自らが来てやってるんだ。二度目はないよ。」
まるで首に刀を押し当てられているような息苦しさに耐えかねて、藩主は後ろに控えていた男に命じた。
「…今すぐ、馬を用意せよ。後、輿の準備も。」
「輿なんて遅いものいらないよ。人も、そんなにいらない。僕は、速くその薬師に会いたいの。分かってる?」
呆れたような声に頷き、男を下がらせる。
藩主は先行きのあまりの不透明さに、絶望をしたのだった。
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