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急いで裏口から家に入る。
昼間の強い光に照らされた室内はいつも通りで、私は小さく息を吐く。
そして、不自然な静けさの中、遠くから聞こえてくる馬の足音に気付いた。
一気に警戒度を引き上げる。
私は大切な物を隠し棚に急いで入れ、薬を作っていたと思って貰えるように、すり鉢で薬草をすり合わせていく。
いくつか作り終えたとき、家の目の前で、馬の足音が止まった。
そして、数人が馬から降りた音がして、私の家の扉が、荒々しく開けられた。
「薬師の娘は居らぬか!」
私は、開けた者が腰にはいている物に気付き、その場に平伏する。
「はい、ここでございます。」
平伏したまま、思考を巡らせる。
私に用があるらしい。
わざわざ藩の紋を掲げてやって来たということは、藩主の跡取りが病だろうか、それとも、それ以外のお偉いさんに何かあったのかもしれない。
だが、私に頼まずとも、藩お抱えの薬師も医師もいるはずなのに…
「面を上げい。」
そう命ずる声に従い、少しだけ顔を上げる。
逆光でうまく見えないが、帯刀している男が三人見える。
「貴様に会いたいと仰せになられた方がいる。決して粗相の無いように!」
御武家様に敬語を使われる人間なんて、そう多くない。
相当高位の武士か、もしくは公家か。
まあ、私のような下民が一生お目にかかれない位の人なのだろう。
きっと、なんだか偉そうで、しわが多くて、お髭がふさふさなんだろうな…。
混乱のあまり、色々と変な方向に迷走し始めた頭が、現れた影により、一気に冷える。
なぜなら、その人はいや、人ではない、若い青年ではあるものの、その背中からは、烏の羽があったからだ。
……アヤカシ様だ。
頭の中で、声が聞こえた気がした。
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