壱ノ巻

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急いで裏口から家に入る。 昼間の強い光に照らされた室内はいつも通りで、私は小さく息を吐く。 そして、不自然な静けさの中、遠くから聞こえてくる馬の足音に気付いた。 一気に警戒度を引き上げる。 私は大切な物を隠し棚に急いで入れ、薬を作っていたと思って貰えるように、すり鉢で薬草をすり合わせていく。 いくつか作り終えたとき、家の目の前で、馬の足音が止まった。 そして、数人が馬から降りた音がして、私の家の扉が、荒々しく開けられた。 「薬師の娘は居らぬか!」 私は、開けた者が腰にはいている物に気付き、その場に平伏する。 「はい、ここでございます。」 平伏したまま、思考を巡らせる。 私に用があるらしい。 わざわざ藩の紋を掲げてやって来たということは、藩主の跡取りが病だろうか、それとも、それ以外のお偉いさんに何かあったのかもしれない。 だが、私に頼まずとも、藩お抱えの薬師も医師もいるはずなのに… 「面を上げい。」 そう命ずる声に従い、少しだけ顔を上げる。 逆光でうまく見えないが、帯刀している男が三人見える。 「貴様に会いたいと仰せになられた方がいる。決して粗相の無いように!」 御武家様に敬語を使われる人間なんて、そう多くない。 相当高位の武士か、もしくは公家か。 まあ、私のような下民が一生お目にかかれない位の人なのだろう。 きっと、なんだか偉そうで、しわが多くて、お髭がふさふさなんだろうな…。 混乱のあまり、色々と変な方向に迷走し始めた頭が、現れた影により、一気に冷える。 なぜなら、その人はいや、人ではない、若い青年ではあるものの、その背中からは、烏の羽があったからだ。 ……アヤカシ様だ。 頭の中で、声が聞こえた気がした。
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