十章 甘い棘

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──ヨーロッパ郊外── 「さあ、ルナ様着きましたよ」 モーリスは黒いリムジンから身を滑らせるように降りると助手席のドアを開けた。 車を降りてモーリスの促すままに視線を向けると湖畔の脇にひっそりと別荘が佇んでいた。 ルナはなぜか小さな溜め息を吐いた。 この世界もグレイが作り出した偽装のものなのだろうか?だとしたらやっぱりすごい魔力だ。 がんじからめの我が身に諦めと言う名の吐息が幾度となく漏れる。 モーリスはその気持ちを見透かしたようにルナの背中を押した。 「さあ、ルナ様。旦那様がルナ様のためにせっかくご用意してくださったのですからもっと楽しんでもらわないと困ります。なんせ“あの、旦那様”が“わざわざ”ご用意したのですから」 同じ言葉を繰り返し強調するとモーリスはルナを覗き込んでニヤリと笑みを浮かべた。 「わかったわ…楽しめばいいんでしょ」 少し呆れた表情のルナにモーリスはコートを掛けて上げながら一言付け足した。 「ええ、旦那様は何かとルナ様のことを気に掛けておいでです。今回は御自身はこちらに足を運ぶことは御座いません、ルナ様がゆっくり寛げるようにとのお考えですから…」 「──…え?」 モーリスの言葉にルナは驚いて振り返った。
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