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 彼は街に落ちていた。  出会ったときの彼を表すのに、他に形容する言葉が見つからない。沈んだ様子は遠巻きに見てもわかって、もう少しで闇に溶け込みそうなくらいの危うさに目が離せなくなった。  20代前半くらいだろうか。駅のロータリーの真ん中、待ち合わせや駅を目指す人でごった返している中、ただひとりギターケースを傍らに置いて、生け垣の縁に座っていた。そんな彼を、誰も見ていなかった。  顔が小さくて整っているが、ちょっとキツそうな顔。個性的な服。  若い女の子にはキャーキャー騒がれそうな容姿だ。今どきの若者、なんていうと自分が相当おじさんみたいだが、関谷とはまったく違う世界の人だということだけはわかる。  声をかけたって、胡散臭げに睨まれるだけかもしれない。だけどぽつんとたたずむ彼が寂しそうで、寒そうでつい足を止めてしまった。そしてくしゅん、と小さなくしゃみをした彼に、反射的にティッシュを差し出した。  見上げた彼は少しの間不思議そうな顔をしていたが、手を伸ばしてティッシュを受け取った。  どうも、と礼をする声は思ったよりハリがある。低すぎない透明感のある声。関谷の周りにはこんな声の人はいない。うまく表現できないが、一度聞いたら忘れられない、雰囲気のある声だと思った。  関谷は続けて鞄から使い捨てカイロを取り出し、袋を破って彼に渡した。 「ええの……?」  カイロの袋を鞄にしまっていると、あらためて聞かれる。イントネーションから、関西の人かもしれないと思った。 「はい……いつもたくさん持ち歩いているので」  思いつきで行動することがある瀧川の秘書をしているので、突然の予定変更や、待ち時間発生にも対応できるよう、日頃から文庫本を始め、いろいろなものを持ち歩いている。防寒対策のカイロもそのひとつだ。 「ありがとう」 「……いいえ」 「はあ……あったかい。やさしいなあお兄さん」  ひらひらと白いカイロの袋を振っている彼に軽く会釈をして、その場を離れた。
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