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「仕方のないことなの。だけど私は染井吉野として精一杯生きた。私は自分の生に満足しているわ」
本当に彼女の顔は満足げだった。生ききった。そんな想いが彼女の中にはあるのだろう。
「……そんな。僕は君に会えなくとも、この世界に君が存在しているということだけでも幸せだったのに。それなのに、君がいなくなってしまうなんて……」
彼女は優しく僕の肩を抱いてくれた。
「変わらないものなんて何処にも無い。すべてのものは、やがて地に帰る。そういうものよ、優一。本当に手に入れることができるものなんて、何一つ無いのだから」
気が付くと、涙が頬をつたっていた。ソメイヨシノは、僕の涙をそっと親指拭ってくれた。
「優一、誰かを好きになれた?」
出会ってから14年。今年も、ソメイヨシノはそのことを僕に聞いた。風に舞った桜色の髪からは、柔らかな香りが漂っている。
僕は俯くしかない。でも、黙ったままではいたくなかった。僕はなんとか喉の奥から声を絞り出して答える。
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