ソメイヨシノに恋をしました

13/16
前へ
/16ページ
次へ
「仕方のないことなの。だけど私は染井吉野として精一杯生きた。私は自分の生に満足しているわ」 本当に彼女の顔は満足げだった。生ききった。そんな想いが彼女の中にはあるのだろう。 「……そんな。僕は君に会えなくとも、この世界に君が存在しているということだけでも幸せだったのに。それなのに、君がいなくなってしまうなんて……」 彼女は優しく僕の肩を抱いてくれた。 「変わらないものなんて何処にも無い。すべてのものは、やがて地に帰る。そういうものよ、優一。本当に手に入れることができるものなんて、何一つ無いのだから」 気が付くと、涙が頬をつたっていた。ソメイヨシノは、僕の涙をそっと親指拭ってくれた。 「優一、誰かを好きになれた?」 出会ってから14年。今年も、ソメイヨシノはそのことを僕に聞いた。風に舞った桜色の髪からは、柔らかな香りが漂っている。 僕は俯くしかない。でも、黙ったままではいたくなかった。僕はなんとか喉の奥から声を絞り出して答える。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加