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最初に出会った年、僕は思春期真っ只中で、あまり上手く話せなかった。
それでも、僕は毎日、桜の木の下まで通った。彼女はいつも微笑みを浮かべて僕を迎えてくれた。花びらは彼女の周りを包むように、ひらひらと宙を待っていた。
僕はボソボソと自己紹介し、そして彼女の名を尋ねた。
「私に個別の名前は無いわ」
彼女はそう言った。「個別の名前は無い」というのは文字通りの意味だった。つまり、品種としては「染井吉野」という名前がある、ということだ。
信じられないかもしれないが、彼女は自分が染井吉野の花の精だと言った。
そして、それは本当のことだった。
それがわかったのは、染井吉野の最後の花が散った後、彼女は姿を現さなくなったからだ。
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