第1章

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「まさか」と、オレは口を覆う。 「これは『忘却の水』…」 アンデは、静かにうなずく。 「私たちのことは忘れてるみたい。あと、今まで起きたこととか、『ヘルメット・アンダーワールド』のことも。でも、どういうわけか、家族の話をするの」 野郎は、水汲み場からはい出て、オレたちの前に立つ。さっきまでの殺気と怒りに満ちた表情は、もはやどこにも無い。親しみのこもった笑みを浮かべ、オレたちのことを見つめている。 「家族の元に帰りたいんだ。どこへ行けば近道かな。家は…えっと…どこにあるのか思い出せないけど…ここは暗いね。明るい場所に出るには、どこへ行けばいいかな?」 アンデが野郎の前に立ち、手引きをする。 「こっちだよ」 アンデは『転送機』のある場所に野郎を案内する。野郎は、何度も「ありがとう」を言いながら、彼女の後ろをついていく。 『転送機』の上に載るよう指示すると、野郎は気持ち悪いくらいに従順に敷石の上に立ち、両手を下に伸ばし、『気をつけ』の姿勢をする。 「この先に行って、地上を目指せば、きっと家に帰れるよ」 アンデは野郎に説明し、『転送機』のスイッチに指を伸ばす。野郎は、ニッコリと笑って、アンデに向かって深々とお辞儀をする。 「親切にしてくれて、ありがとう」 野郎はその言葉を言い切ったところで、先に飛んでいった。 アンデは、疲れ切ったように、その場にペタンと座り込む。オレも、その隣に座る。そのまましばらくの間、二人とも沈黙を保っていたが、やがてアンデの方が口を開く。 「私…ダメだよね?」 「何が?」と、オレはきき返す。 「ルードに、ずっとウソついてたんだよ。ダメだよね?」 アンデの瞳が思いつめたように透き通る。オレは、首を横にふる。 「オレを助けてくれたよ」 「ルードだって助けてくれた」 「ダメなのは、全部あの野郎だよ。でも、最後は何だか礼儀正しくなっちゃって、何がダメなんだか、わからなくなってるけど」 「でも…でも…」 アンデは、何度も言葉をつまらせる。オレは、アンデの手を取る。 「気にしなくてもいいよ。キミに対する怒りなんて、何も無いんだから」 「でも…でも…」 アンデは、なかなか引き下がらない。次第に、またもや大きな瞳が涙でいっぱいになる。ためきれなくなった涙が一筋、頬を流れ落ちていく。オレは、アンデの肩を抱いて、立ち上がるように促す。 「ごめんね」
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