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「黄丸さん、何の書類ですか、それ」 「これは、今度の企画の書類だよ。みんなに見てもらってるのは取り敢えず変更になるし、懸案事項もあるから午後からみんなで打ち合わせに入ろう」  唐突な言い渡しをされ、午前中の作業が無下になってしまったことにまた肩を落としたが、一方で黄丸の言葉に胸の奥がざわついていた。言い知れぬ不安が湧き上がり書類ケースを凝視する。黄丸は、苦笑を浮かべた。 「そんな露骨に嫌がるなって」 「さっきまでその件について頑張ってたので」 「ミーティング前の変更は珍しいだろ? 今回は許してくれよ」 「……前回の売れ行きが芳しくなかったから、"お目通し"が入ったんですか?」  黄丸は、苦笑いを保ったまま「いやあ」と濁しながらこめかみを掻いてみせた。実際に痒いから掻いたわけではなく、言葉を選ぶ間をつくっているときの癖だと見抜いた早乙女は、何も言わずに立ち止まった。つられて、黄丸もとどまり、早乙女の沈黙に甘んじた。しばらく。 「推察どおりだよ」  気の利いた言葉で飾ることもなく、黄丸は言った。 「不甲斐ない。けど、今回はきっと大丈夫だ」  しまりない口から発せられる黄丸の声色に含まれた力は、純粋に自信に満ちたものなのかどうか、早乙女はうかがい知ることができず、はっきりした返事もあいまいな返事もしなかった。ただ、流れる沈黙のうちに見つけた訂正案の赤文字が、不自然に角ばっているのだけは事実として目の前にあった。 「もっと信頼してくれていいはずなのに」 「今回も、僕がリーダーだからね」 「どういう意味ですか」 「……信頼してくれてるからこその"お目通し"だと思ってるよ」  コケると思うならこの企画自体が通ってないだろう、と付け加えられると、早乙女は言葉に詰まる。成功する見込みがないなら経営側が目を通すことすらない、というのは百も承知なのだ。理性と感情のバランスが保てるなら相槌一つで流してしまえるが、早乙女の中に起きたラグが相槌を拒んでいた。 「そうだとしても、私は悔しいです。きっと、黄丸さんと違って私は幼いんでしょうね」  早乙女は黄丸の顔を見たが、黄丸は続けるよう目で促した。 「途中で他の部署が首を突っ込むなんて……いや、そこだけじゃないんです」  カバンからスマートフォンを取り出した早乙女は、ゲームオーバーの文字が点滅したままの画面を黄丸に向けた。黄丸は片眉を上げる。
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