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「クリアできなかったのが悔しいの?」
「いいえ。パックマンならやり尽くしてるのでノーコンクリアできます」
早乙女は、画面を向けたまま言葉を続けた。
「こんなに熱中できるゲームを作れないのが、悔しい」
黄丸からの反応はない。
「今朝、男子高校生たちが私たちのゲームの話をしてました。買う必要がなかったそうです。あんなに頑張って開発したのにそんなことユーザーには関係ないんだって突きつけられて。私たちの考えとか努力とか伝わってないみたいで……私、自分が否定されたような気分になっちゃって」
早乙女は、矢継ぎ早になるのを抑えるよう、大きく息を吸った。
「それに、信頼してようが別の部署が途中で首を突っ込むなんてナンセンスだと思います」
早乙女は、ゆっくりと息を吐き出した。
「どうやったら、私たちの気持ちが伝わるんでしょうか……。熱中、してくれるんでしょうか……」
「わかるなら、誰も苦労はしないさ」
黄丸の落ち着いた表情に、早乙女の血の気が引いた。反応がないということは話を続けていいことを意味するとは限らない。早乙女は、一方的な物言いをフォローすることもできないまま固まっていると、黄丸が自身の黒いジャケットに手を入れた。
「早乙女さん、これあげる」
黄丸がポケットから取り出したのは、小分け入りの袋に入ったクッキーだった。
「もらい物だけど。学生の話、あとから詳しく聞きたいから甘いもの食べて頭すっきりさせててよ」
早乙女は、不意に投げ渡された個包装のクッキーを慌てて両手で受け止めて呆けた顔をした。
「ありがとう、ございます……」
「耳をふさぎたくなることも貴重な意見だからね。通り一遍の凝り固まった考えじゃ何もできなくなってしまう」
「凝り固まった、考え」
「お互い、肝に銘じた方がいいかもね」
黄丸は書類ケースを持ち替えて仲間のいるオフィスに足を向けた。振り返る間際も笑顔を保っていた黄丸の心境が理解できず、早乙女は黄丸の背中と書類を睨みながらついていく。ガラス張りの壁面から照らす陽光に、白い通路が一層白く反射して二人の影を黒く濃く落としていた。
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