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 後戻りするには足元が悪い。それに、パックマンのステージならば、クッキーを全て拾うのがクリア条件なのでなるべく先へと進みたい。進めど戻れどいい結果が思い浮かばず、早乙女は腕を組んで思案した。 「いや、待てよ、あれ、すごく遅いし小さいから、飛び越えたら関係ないんじゃ……」  早乙女は、頭を振った。 「いやいや、でもパックマンでゴーストを飛び越えるなんてゲームのセオリーに反する。それで当たった扱いになって消されたんじゃ死に損だ」  ブリンキーは、早乙女が悩んでいる間も一定の速度で近づいてきていた。 「いやいやいや。そもそも、私がパックマンのステージに居るっていうのがおかしい。そうか、これは夢か。夢なら何してもいいよね」  早乙女は、隠れるのをやめると正面からブリンキーが来るのを待った。ブリンキーは、布きれのような体をはためかせながら一生懸命スピードを出して迫ってくる。とはいえ、あまり速くはない。体の半分近くある大きな目で見上げてくる姿を見ると、早乙女の口元が自然と緩んだ。 「……やっぱりかわいいなあ……」  ブリンキーの愛らしい目とコミカルな動きに、早乙女の緊張もほぐれてきた。第一、夢に違いないのだ、怖がる必要はない、と早乙女は自分に言い聞かせ向かってくるブリンキーに手を差し出した。迷わず飛び込んできたブリンキーを両手で包み込み掬い上げると、慌てたのか手のひらの上でもたついていた。降りたい様子ではあるが降りられないのをいいことに指先で押してみると、風を含んだカーテンを押した感覚に似ていた。 「痛!」  突如、指先から電流が走り抜けるような痛みが一瞬で全身を駆け巡る。急な出来事に首を傾げていると、手のひらが光り、薄らぎはじめた。ブリンキーを持ち上げていたはずの手は、消えていた。落ちたブリンキーが早乙女の足元で揺らめいている。  体は、痛みが走った順に存在が薄らいでいき、手首を伝い腕へと侵食していく。消えていく際にかの電流のような痛みはないものの、両腕から体が消えていく光景はあまりに受け入れがたく、混乱した早乙女は声にならない声を上げた。  ブリンキーは、早乙女を見上げていた。青い目に意識が渦を巻いて吸い込まれていく感覚を覚えるなか、早乙女は完全に消えてしまった。
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