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「こっ、殺す気か……!」
クローゼットから出た途端、深呼吸をする楓。ずっと息を止めていたらしい。
たかがくさやで、大袈裟な。
「殺そうとしたのは、あんたも同じでしょ。」
そう言うと、楓はギクリとした顔をして、
「え、えー? なんのことかな?」
と誤魔化した。
「この優しいお姉様に、全部話してちょうだい?」
「よく言うわ、優しさなんて微塵も持ってないくせに。」
ボソリと呟いたつもりらしいが、全部聞こえている。
わたしはその鳩尾に、一発食らわした。
カエルが潰されたような声を上げる楓。
「素直に吐いちまった方が楽だぞ、弟よ。」
「……いや、今のはマジで吐きそう。」
わたしは楓の背後にまわり、首に腕を回した。
「さて、なんでわたしを殺そうとしたのか、教えてくれないかな?」
「別に殺そうとは思ってなかったんだ。寒そうだったから、温かくしてやろうと思って……。」
「もうすぐ春でしょ。本当は?」
「母さんに、姉ちゃん起こしてきてくれって頼まれて……。」
「なんであんな危険なことをしたのかしら?」
「言ってもいいけど、怒らない?」
「安心しなさい、わたしはもう怒ってる。」
首に回す腕に、力を込めた。
「そ、そんなこと、僕の口からは言えません!」
楓は、わたしの腕から抜け出す。
しまった、取り逃がした。
ダダダッと階段を駆け上る音。
そうか、二階に行ったのか。
バカな弟だ、二階に行っても逃げ場はない。
わたしは二段飛ばしで、階段を駆け上る。
今日は調子がいい。
いつもより早く上がれる。
そして、最後の段に左足をかけたときだった。
視界の隅に、ピエロの人形が見える。
無意識に、スピードを落としてしまう。
あんな人形、うちにあったっけ?
全てがスローモーションに感じた、そのときーー。
最後の段で、足を踏み外した。
体は後ろに傾く。
右足に、勢いをかけすぎたんだ。
目標を失った足は、空を踏む。
いままでに、階段を落ちることは何度かあった。
半分ほど尻餅をつきながらずり落ちたり、学校の階段で滑り止めにつまずいて、十五段分飛んだり。
そのときは前から落ちたから、それほどたいした怪我はしなかった。
でも、一番上から後ろ向きに倒れるのは初めてで。
死ぬ……まではいかないかな。
ピエロの人形は、いつの間にか階段の上にいて、落ちていくわたしを楽しそうに見ていた。
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