壱の回 ピエロは夢の中で笑う

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「こっ、殺す気か……!」 クローゼットから出た途端、深呼吸をする楓。ずっと息を止めていたらしい。 たかがくさやで、大袈裟な。 「殺そうとしたのは、あんたも同じでしょ。」 そう言うと、楓はギクリとした顔をして、 「え、えー? なんのことかな?」 と誤魔化した。 「この優しいお姉様に、全部話してちょうだい?」 「よく言うわ、優しさなんて微塵も持ってないくせに。」 ボソリと呟いたつもりらしいが、全部聞こえている。 わたしはその鳩尾に、一発食らわした。 カエルが潰されたような声を上げる楓。 「素直に吐いちまった方が楽だぞ、弟よ。」 「……いや、今のはマジで吐きそう。」 わたしは楓の背後にまわり、首に腕を回した。 「さて、なんでわたしを殺そうとしたのか、教えてくれないかな?」 「別に殺そうとは思ってなかったんだ。寒そうだったから、温かくしてやろうと思って……。」 「もうすぐ春でしょ。本当は?」 「母さんに、姉ちゃん起こしてきてくれって頼まれて……。」 「なんであんな危険なことをしたのかしら?」 「言ってもいいけど、怒らない?」 「安心しなさい、わたしはもう怒ってる。」 首に回す腕に、力を込めた。 「そ、そんなこと、僕の口からは言えません!」 楓は、わたしの腕から抜け出す。 しまった、取り逃がした。 ダダダッと階段を駆け上る音。 そうか、二階に行ったのか。 バカな弟だ、二階に行っても逃げ場はない。 わたしは二段飛ばしで、階段を駆け上る。 今日は調子がいい。 いつもより早く上がれる。 そして、最後の段に左足をかけたときだった。 視界の隅に、ピエロの人形が見える。 無意識に、スピードを落としてしまう。 あんな人形、うちにあったっけ? 全てがスローモーションに感じた、そのときーー。 最後の段で、足を踏み外した。 体は後ろに傾く。 右足に、勢いをかけすぎたんだ。 目標を失った足は、空を踏む。 いままでに、階段を落ちることは何度かあった。 半分ほど尻餅をつきながらずり落ちたり、学校の階段で滑り止めにつまずいて、十五段分飛んだり。 そのときは前から落ちたから、それほどたいした怪我はしなかった。 でも、一番上から後ろ向きに倒れるのは初めてで。 死ぬ……まではいかないかな。 ピエロの人形は、いつの間にか階段の上にいて、落ちていくわたしを楽しそうに見ていた。
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