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糸は、敬介に教えてもらった部屋の前に来た。 ーここで会ってるよねー 糸は、部屋の前に座り、声をかけた。 「壮介様。お茶をお持ちいたしました」 「どうぞ入って」 中からはすぐに返事が返ってきた。 糸は、そっとふすまを開いた。 中では、壮介が机に向かって書類をまとめていた。 「そこの台に置いといてください」 壮介は、書類を見たまま言った。 「はい」 ー忙しいみたいだけれど、声をかけてもよろしいのかしらー 糸が迷っていると、壮介が何かに気づいたように顔を上げた。 糸を見ると、壮介は目を見開いた。 「あっ、君だったのか。すまないね、今日は急な予定で横浜まで行っていたんだ」 「いえ。お疲れ様でございます」 糸は頭を下げた。 「糸、と呼んでいいのかな」 壮介が柔らかい笑みを浮かべて言うものだから、 糸は小さく胸が飛び跳ねるのを感じた。 「は、はい!」 「糸、仕事のほうはどうだい?」 「まだ、お部屋の場所も覚えられていません」 「初日から完璧な人なんていないさ。他の女中もみんなそうだったよ」 壮介は微笑んだ。 その笑みを見て、糸は心の緊張がやわらいだ。
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