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 ――家の裏手の桜の樹。桜華のいる桜の樹。    ずっと住んでいた家の場所でさえ曖昧だったのに、桜の樹の場所や姿ははっきりと覚えていた。俺の目は迷うことなくその光景を捉えようとした。 「……えっ?」  心地よい春の陽射しと風を感じるのに、俺の視界には淡い桜色の春が映らない。   「うそだろ……」  毎年、美しい花を咲かせていた桜の樹は、穏やかな陽射しのもとに哀しい姿を晒していた。大地に根を張る太い幹は昔と変わらず立派な姿をしている。しかし、この時期に咲かせているはずの満開の花が一切なかった。枯れ果てたような木の色だけが、そこにはあった。 「……桜華、桜華っ!」  哀しい桜の樹の姿が桜華に思え、俺は慌てて桜の樹まで走った。細い道には草が生え、あの頃みたいに早く走れない。だけど、俺は少しでも早く桜華の姿を確認したくて、ひたすら走った。 「――――!! 桜華っ!」  桜の樹の下に踞る人影。思わず、その名を叫んだ。霞んだ桜色の人影は、俺の声を聞くなりビクンと肩を跳ねらせた。 「桜華っ」  傍まで駆け寄り、声をかける。すると、桜色の人影はゆるりと顔をあげた。 「……あぁ……。お前は……」  辛うじて聞こえた掠れた声。そして、艶を失った桜色の髪の隙間から覗くやつれた顔が、苦しげな笑みを作る。  年齢的な姿はあの頃と変わらないのに、ひどくやつれた姿の桜華。記憶の中の艶やかさが消えた、今の桜の樹と変わらないの哀しい姿に涙が溢れてくる。
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