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「……桜華」
桜華との再会と別れの余韻に浸り、目の前の桜の樹を見上げる。穏やかな春の陽射しの下に、花をつけない桜の巨木。哀しい姿に泣きそうになるなか、視界の端に小さな希望が映り込んだ。胸の奥にズンと熱いものが湧き上がり、意味を変えた涙が溢れてくる。潤んだ瞳に映るその希望に、身体が歓喜に震えてしまう。
だが、そんな雰囲気をぶち壊すように、突然聞こえてきたトラックの排気音。そして、何やらガチャガチャ作業をする無数の男たちの声。若干煩わしく感じていたが、まだ遠くから聞こえる音で気にしないようにしていた。だけど、その煩わしさは、音を大きくしながら近づいてきた。
苛ついて怒鳴りたい気分になった。でも、俺は大人なんだ。そこはしっかりと気持ちを抑え、普通に振り返った。
小高い裏山を登ってきていたのは、作業着姿の数人の男たち。長い梯子を担ぐものもいれば、チェーンソーやノコギリなど物騒な物を持っている者もいる。廃れた町でも、一応は山などの手入れはしているようだ。
町のために仕事をする人たちの声を、煩く思ってしまったことを申し訳なく思い、俺は丁寧に声をかけお辞儀をした。
しかし、彼らは俺を無視した。まるで、そこに存在してないかのように、彼らは彼らだけで喋りながら俺の横を通りすぎていった。
そして、俺の目の前……あの桜の樹の側に持ってきた荷物を置いた。
「それにしても、立派な樹だな」
「ですよね。花が咲いたら、すげー見応えがあるんですけどね。満開の時なんて圧巻ですよ」
樹を見上げる年配の男性がぼやいた言葉を、俺と歳が変わらないくらいの男が拾い、桜の樹を語る。
「そういや、おめぇはこの町の出だったな」
「はい。この土地も同級生の家があった場所なんですよ」
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