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いつものように満開の桜を眺めていた俺の横に、突然湧いて出たようにその人は立っていた。
ふわっと薫る花の香りに、お姫さまみたいな綺麗な桜色の着物。淡い桜色の長い髪が風に靡き、見え隠れする顔は恐ろしいほどに白く、恐ろしいほどに綺麗だった。その姿はとうてい人には思えず、お伽噺の中の妖精か物の怪の類いに見えた。
「お前は、よくここに来ているな」
驚きと妖しげな魅惑に惚けていると、その人は男とも女ともつかないような不思議な声で話しかけてきた。これまた突然のことで、しどろもどろに「うん」と言い頷くと、その人は「ふふっ」と軽く微笑みかけてきた。その微笑みはとても妖艶で、まだ幼さいながら変に意識してしまいドキドキとしたのを覚えている。
桜華(おうか)と名乗った桜色の男性は、女性的な仕草で樹の根本にゆるりと腰をおろし、俺を隣に座るように促した。男性ではあるが、大人の女性のような雰囲気が濃く漂う人。周りにいる大人の誰とも違う雰囲気に緊張し、俺はなかなか座ることができないでいた。もじもじと立ち尽くしていると、桜華はまた妖艶に微笑みかけてきた。
「そう恐れるな。なにもとって食おうとは思ってはおらん」
桜色の着物から伸びた白い手が柔らかく俺の腕を掴んだ。雪のように白い肌は予想外に温かく、生きた人間の温もりが伝わってきた。なぜだか分からないけど、俺はその温もりに安心感を覚えた。そして、気がついたら何事もなかったみたいに、桜華の隣に座っていたのだった。
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