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苦しかった、悲しかった。自分の両親が不仲だった現実も、町を離れて友だちと会えなくなるのも。だけど、それ以上にあの桜の樹……桜華に会えなくなるのが寂しくて嫌だった。
「いやだぁ……、おうかとはなれたくない……。おうかといっしょに……いたい」
グズグズと鼻水を垂れ流しながらぐずる俺に、桜華が寂しさと優しさが混じった微笑みを向けてくる。
「お前は、この桜の樹が好きか?」
「うん。……大好き」
そう言うと、桜華はスッと立ち上がり着物の袖口に手を入れ、何か小さな物を取り出した。そして、もう一度膝を折り、目線の高さを子どもの俺に合わせると、俺の手首に何かを結び付けた。
「なに、これ?」
俺の右手に桜色の紐が結ばれていた。光沢のある綺麗な桜色の糸で編み込まれ、紐の端には桜の花の形をしたガラス細工が飾られている。シンプルだけど、とても綺麗な紐の腕輪だった。
「これは絆だよ」
「……きずな?」
「この腕輪は、私とお前。そして、お前とこの桜の樹を繋ぐ大切な絆」
いつの間にか涙は止まり、男とも女ともつかない桜華の声を不思議そうに聞いていた。
「この地を離れたお前は、いずれ私のこともこの樹のことも忘れるだろう」
「忘れないよっ! ぼく、おうかのことは絶対に忘れないっ!」
「忘れる」という言葉に反応し、必死に声をあげると、桜華はとても嬉しそうに微笑んできた。
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