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「ありがとう。しかし、人は物事を忘れ生きていく。お前もそうだ。だが、案ずることではない。この絆があれば、思い出すことができる」 「思い出せるの?」 「そうだ、必ず思い出す。思い出すべき時期になれば自然とな……」  それだけ言うと、桜華は俺の頭を優しく撫で、ふわりと立ち上がった。 「さあ、もう家に戻れ。春といっても、夜風はまだ冬の名残がある。そんな薄着でいては、人間なら風邪をひいてしまうからな」 「……うん。おうか、おやすみ。また、明日ね」  腕に結ばれた紐の腕輪を見つめ頷いた俺は、名残惜しさを引きずりながら桜の樹から離れていった。桜の樹の下に佇む桜華の姿を何度も振り返り見ながら……。  それが、俺の見た桜華の最後の姿だった。  翌朝、俺の気持ちはぽっかりとした空白部分ができていた。その空白に何があったのか全く思い出せず、腕に結ばれていた紐の腕輪の意味も、なぜか思い出せなかった。すごく大切なものだったはずなのに、思い出せないモヤモヤはあった。だけど、日常の変化の慌ただしさから、そのモヤモヤさえも忘れ、俺は母と共にこの小さな町を出ていった。
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