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「ありがとう、土岐野」
原稿を机に置いたまま、広路は窓辺に寄って、美奈子に手を差し出した。その顔は幸福に満ちている。そのことを少し意外に思い、美奈子は
「私、何もしてない…」
と思わず口から出てしまった。しかし、広路は首を横に振る。
「ううん、土岐野がいなかったら書き上がらなかったよ」
美奈子は少し不思議な心地だったが、
「広路くんじゃなかったら、できなかったよ」
広路は「どういうこと?」と首を傾げた。
「広路くんじゃなかったら、私、ここに来なかった」
広路の目が見開かれる。それに答えるように、美奈子は告げた。
「私、広路くんのこと、好きだったよ」
自分のせいで亡くなってしまった。何日も何日も泣いた。でも、こうしてまた会えて――今しかないって思ったの。
だからあの日、桜の並木道から見えたあなたに、会いに来たんだよ――。
消える間際、広路の頭の中に、美奈子の声が響いていた。
そして、広路は美奈子の頬に手を当てて笑った。俺も好き、なんて伝えられなかった。ただ、その気持ちが嬉しかった――。
*****
「閉館でーす」
その言葉が響き渡った時、ようやく美奈子は我に返った。手元の原稿用紙に釘付けだった。
少年は、ヒロインに恋心を抱き始める。しかしそれが恋だと気づかずに、自分の想いに戸惑い、ヒロインを傷つけてしまう。やがてヒロインは不登校になる。取り返しのつかないことをしたと、少年はタイムマシンの製作に励み、過去を塗り替えようとした。
しかし、タイムマシンは出来上がらなかった。小学生の技術では無理である。やがて少年は、タイムマシンに頼ろうとしたことが間違いなのだと考え始めた。
そして、決意したのだ。自分で、伝えに行こうと。自分のヒロインに対する想いに気づかなかったこと。それに困惑して、傷つけてしまったこと。
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