2人が本棚に入れています
本棚に追加
濱田広路は頭を抱えた。目の前の原稿が埋まらない。
図書館の奥にある洋書コーナー。ここは滅多に人が来ず、広路にとって集中できる場所だった。
広路は、都内の大学の文学部に通う大学3年生である。この原稿は、小説家を目指す広路が大学生活の傍ら一般の公募に応募するために執筆していたのだ。4月末の締め切りまでは1ヶ月を切っている。それなのに、ラストシーンが決まらない。
主人公はタイムマシンの開発を信じる少年である。タイムマシンができたら、いろいろな時代に行って、恐竜や歴史的瞬間が見たかった。
しかしそんなのは夢に過ぎないと周りの人たちは笑う。少年は、自ら開発すべく立ち上がる。
この物語のヒロインは、そんな少年を馬鹿にしていた一人である。しかし少年と深く関わり、少年のひたむきさに惹かれるようになる。
ラストは、どうしようか。タイムマシンは開発できたことにするか?それともできなかったことにするか?ヒロインの恋の行方は?主人公はその恋心に気づくのか?気づくのであれば、どうやって?
今まで書いてきたことが、繋がらない。
「ひろ…みちくん………?」
呼ばれて広路は顔を上げた。洋書の棚の向こう側から、土岐野美奈子が手を振っている。
広路はドキリとした。なぜ、彼女がここに。
土岐野美奈子は、大学で広路と同じゼミに所属する同級生である。確かに大学から近いこの図書館は多くの大学生が利用しているが、こんな風に声をかけられるのは初めてだった。
「土岐野。どうしたの?」
「えへ、並木道から広路くんが見えたから」
思わず窓の外に目を向ける。図書館と直角に交わる歩道沿いには桜の木が並んでいて、満開の頃にはその向こうの交差点も花霞で見えなくなるほど見事なのである。
しかし広路は、ふうっと溜め息をついた。
「今年は、開花が遅いな」
最初のコメントを投稿しよう!