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どういうわけか、四月に入ったというのに、三分咲きにもなっていない。寂しい並木道は、まるで真冬のようだ。
「まだ、寒いからね」
美奈子はそう言いながら、一冊の本を手に取った。パラパラとめくっている。
「それ、読めるの?」
洋書コーナーの本は、基本的には翻訳されていない。小説も雑誌も、原文のままだった。
「読めないな。これ、フランス語だもの」
美奈子は苦笑しながら本を閉じ、棚に戻した。思わず広路も笑ってしまう。
広路は、そんな美奈子が好きだった。
昨今天然の入った女子がモテると言うが、広路にはその気持ちが少しだけわかる。天然の何が良いって、自分が優位に立てることではない。こんな風に、切羽詰まったときにふっと笑いを運んできてくれるのだ。それには計算づくにされたシナリオなんかではなくて、本物の天然にしかできない緩さがある。
「広路くんは、何してるの?」
「俺?俺は……」
はっとした。小説を一般公募の賞に投稿していることは、人に話したことはなかった。それは親にすら秘密なのである。書くことは好きだが、小説家の夢もかなり曖昧なふわふわとしたものだし、正直創作の才能があるとも思っていなかった。公募が力試しなのは事実だが、あわよくば認められたい、くらいのものである。
そんな淡い夢を語るには、あまりにも覚悟が足りない。人に打ち明けることはできず、美奈子も例に漏れていなかった。
広路は少し困った笑いを浮かべながら、
「なんでもないよ。ただ、ここが落ち着くから」
とだけ答えた。
美奈子は洋書の棚を見つめたまま、
「いつも、ここにいるの?」
と聞いた。広路はこくりと頷く。
「そうだよ。洋書なんて、滅多に読む人はいないんだ。ここはほぼ確実に一人になれるから、一人で落ち着きたいときはここにいる」
「そっか」
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