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美奈子は依然としてきょとんとした顔をしている。しかし、ふっと窓の外を見た。
そのまま静止した美奈子に釣られるように、広路も窓の外に目を移す。昨日まで冬の景色だった枝の先は、ちらほらとピンク色の粒が見える。桜って、こんなに咲くの早かったっけか。
「――私だったら」
美奈子の静かな声に、広路は驚いた。美奈子を見ると、まだ窓の外を見つめたままである。
「私だったら、タイムマシンは作るわ」
「え?」
「たとえばね、ヒロインは死んでしまうの。ヒロインへの想いに気づいた主人公は、それを助けに過去へ行くの」
広路はぎくりとした。今、俺が眠っているうちに読んだだけでわかったのか。俺が、ラストシーンに悩んでいたことに。
なんだかくすぐったいような思いで、
「できれば登場人物は殺したくないな」
と言った。実際、今までの流れにヒロインが死ぬ展開は合わない。安易に死に逃げ、感動的な創作を作り上げたというイメージを持たれても仕方ないものになるだろう。
「そっか」
非常に落ち着いていて、力なくも聞こえる言葉だった。しかし、美奈子は少し笑っていた。広路は悪いことをした気分になる。
「ごめん」
あーあ、こんな会話がしたいわけじゃないのに。もっと楽しく、もっと自然に。
「広路くんは、それを書くためにここにいるの?」
広路に向き直った美奈子は、前のめりになって聞いてきた。そう言えば、昨日は「ただ、ここが落ち着くから」なんて言ったっけ。本当は、小説を書くことに集中したいから、なんてこともお見通しなんだろうという気がした。
「そうだよ」
広路は手を組み、後頭部に当てて少し上体を反らす。恥ずかしいけど、もう隠す必要もなかった。美奈子はまた「そっか」と言って笑っている。ある意味、知られたのが美奈子でよかった。
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