2人が本棚に入れています
本棚に追加
「…土岐野」
美奈子は窓辺に立って外を眺めている。美奈子は振り返り、広路がカードケースを持っていることに気がついた。
「あ、それ、落とし……」
「土岐野が4回生って、どういうことなんだ?」
美奈子の目が見開かれる。二人の間に流れる時が、止まった。
しかし数秒ののち、美奈子はくすりと笑った。
「……やっぱり、忘れていたんだね」
逆光で美奈子の表情はよく見えない。忘れていた?何を、忘れていたと言うんだ。確認する間もなく、美奈子は再び背中を向けた。
「土岐野、ちゃんと説明を――」
その時、詰め寄りかけた広路の足は動けなくなった。窓の外に、数えきれないほどの花びらが舞っている。あれ、昨日こんなんだったっけ。桜って、もっと、今日は三分咲きだね、やっと五分咲きだね、気がついたら八分咲きだって、変化を楽しめるものだった気がする。
そして四月末にかけて散っていく。ああ、見頃を逃してしまった、大丈夫、あそこでは今から満開なんだって。そんな会話を、いつしかした覚えがある。
「あの日も――こんな、桜が舞い散る日だった」
美奈子は窓をいっぱいに開いた。一気に風が雪崩れ込み、いくつもの花びらが正面から走ってくる。
――こんな光景を、どこかで見た気がする。
不意に、美奈子の腕を掴んだ感触が甦る。遠くで、車のエンジン音がする。キキーッ、と高い金属音が鳴り響いた。
――あれ?
――違う、これは――。
高い金属音は、現実で鳴ってる音ではない。そのことに気づくのに、そう時間はかからなかった。あれ、この金属音の続きは?
あれ、あの音はどこで聞いたんだっけ。でも、その前に美奈子を見た気がする。そう、腕を掴んだんだ。あれから、どうした?
そう考え出したとき、ふと違和感を覚えた。あれから、どうした?今まで、どうしてた――?
――記憶が、ない。
最初のコメントを投稿しよう!