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俺、図書館に来る前、何してたっけ?この一つ前の授業は何だった?
「まだ、思い出せない?」
気がつくと広路を向いていた美奈子は、悲しそうな顔をしていた。広路は、首を縦にも横にも振れなかった。
こんな、桜が舞い散る日。あの話のラストシーンはどうしよう。そう考えながら図書館に向かっていた大学からの帰り道、前方に美奈子を見つけた。その交差点を右に曲がると、図書館と直角に交わる道に出るはずだった。
直進しようとする美奈子。その時、尋常ではないエンジン音がした。見ると、蛇行しながら向かってくる車。スピードもかなり出ている。ゾクリと鳥肌が立って、反射的に広路は走り出していた。
『まって!!』
美奈子の腕を掴む。そこから先の記憶はなかった。
受け入れたくなかったのだ。自分が死んでいること。美奈子と、もう会えないこと。なんで、俺はここに来てしまったんだ?それなのに、指先は消えかけていた。
不意に、視界を何かが横切った。パサリと机の上に落ちたそれは、広路の脳を刺激した。
――あ。
広路の頭に、ふっと冷静な部分が蘇った。書きたい。そんな想いに駆り立てられる。
「広路くん」
美奈子の声で我に返った。いつの間にか自分の頬にも涙が流れていたことに気がついて、拳で拭った。
ああ、多分このためなんだ。戻ってきた場所がこの場所なのも、きっとそのためだ。筆を執る。ああ、なんで。なんで今になって、こんなにするすると出てくるんだろう。
拳で拭ったはずの涙は、後から後から出てきた。それでも広路は、書き続けた。原稿にシミができるのも気にならなかった。
「できた!!」
最後の一枚を上に広げながら掲げて、広路は叫んだ。これが、ずっと俺が探し求めていたもの。この物語のラストシーン。
「おめでとう」
美奈子は笑顔で祝福した。
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